

読書領域の朗読:自分が「上演領域にいる」と気づける
今日は、豊田中日カルチャーレッスンでのエピソードをご紹介しましょう。 Uさまが、「…語り手の追体験を試みて、語り手の体験を深く理解できた気がしたんです。それで、これを どう声に出そうか と考える自分に気づいて、そのとき、あっ、いま私、上演領域にいるのでは?と思ったんです!」 と、そんなふうにお話しくださいました。 Uさま、その通りです。 ・どんな声を出そうか? ・どう声に出そうか? ・どう表現しようか? これらはすべて「上演領域」の話です。 「読書領域」では、体験(認知)と同時に、音声を伴う言葉が生まれます。 ・(世界を認知する身体の反応として)すでに音声は出ている ・コントロールしていない声がもう出ちゃってる これが、「読書領域」で体験しているということです。 Uさま、ご自分が、いまどの領域にいるのか。それに気づけたこと、とても大きな一歩ですね。


「読書領域の朗読」へ:パラダイムシフト
「上演領域」から「読書領域」へ移行すると、座標軸は、 虚構世界を“届ける”から、虚構世界を“生きる”に変わります。 これは、朗読における「コペルニクス的転回」といえるかもしれません。 従来の「聞き手に届ける朗読」に関わってきた人にとっては、まさにパラダイムシフトと感じられる出来事なのだと思います。 ■ 中心が、朗読者から語り手へ 従来の朗読観は、 朗読者を中心 に据えます。 つまり、朗読者が語り手を解釈します。そして、その解釈を反映させた音声を聞き手に届けようとします。 朗読者は、聞き手に感動を与えることを目指し、表現に創意工夫を重ねます。 一方、サロンドマリコの提示する「読書領域の朗読」の朗読観は、 語り手を中心 に据えます。 ここでいう語り手とは、言葉によって虚構世界を立ち上げ、読者に体験を促そうとする言語主体です。 朗読者は、語り手の追体験を試みます。そうすることで、語り手に接近しようとします。 つまり、身体を使った「仮説と検証」の往還で、語り手に近づくことを目指します。 追体験を試みると、世界を認知する身体の反応として、 音声を伴う言葉


読書領域の朗読:世界の受け取り方が変わっていく
前回のブログでは、サロンドマリコの方法論をご紹介しました。 今回は、「読書領域の朗読」が私たちにどのような変化をもたらすのか、考えてみたいと思います。 ■ 読書領域の朗読は… 読書領域の朗読は、文学作品の言葉を、急いで意味に回収しません。つまり、解釈してわかったことにしません。もちろん、(解釈を反映させて)表現することもしません。 言葉が生まれる脳・五感・身体に思いを馳せて仮説を立て、自らの身体で検証します。 仮説と検証を繰り返していると、ゆっくりと語り手が近づいてきます。語り手に接近したとき、自分のなかに初めての感情や感覚が立ち上がる…それを待ちます。 ■ 朗読がもたらすものは… 「読書領域の朗読」を通してこのような習慣を持つと、人の言葉を、結論よりも背景ごと聞けるようになります。出来事を、善悪や成功失敗だけで切らなくなるし、すぐ理解できない他者や状況に、居場所を残せるようになります。 これは、人間や出来事を味わえる脳になるということなのでしょう。 文学体験を目指す「読書領域の朗読」は、 ・共感力が育ちます ・感性が豊かになります...


