

サロンドマリコの方法論:「読書領域の朗読」入門テキスト
サロンドマリコでは、『読書領域の朗読』を、「語り手」の体験と同じ体験を試みる体験行為と定義しています。(認知や思考に伴って声は自然に出ます。声を意識的に出して読む表現行為とは異なります) 朗読することで、試行錯誤しながら少しずつ「語り手」に近づいていくーー小さな発見を積み重ねる悦びは格別です。 「語り手に近づいていく」とは、「虚構の作品世界がだんだん明確になっていく」ことでもあります。 語り手に寄り添って虚構世界を歩けるようになったとき、私たちは、まさに、虚構世界を生きているのでしょう。 さあ、語り手に近づいていくプロセスを、ご一緒しましょう♪ ■ あらすじをつかむ いつものように読み進めて、あらすじを理解します。 「こんな作品世界なんだな〜」とふわっとつかめたところで、朗読(語り手を追体験する行為)が本格的にスタートする感覚です。 ■ 仮説を立てる①:文章を手がかりにして、脳内に、虚構世界を立ち上げる 私たちは、文字情報を「目」からインプットします。 最初に目を通すときには、どちらかというと左脳(言語脳)優位でしょうか。情報を処理していく感じ。


読書領域の朗読:語り手/作者/朗読者の関係を考える
サロンドマリコの提唱する新しい朗読は、「読書領域の朗読」を指します。 ここでいう 読書領域 とは、表現を前提とする上演領域とは異なり、あくまで「読書そのもの」を扱う領域です。詩や小説、エッセイなど、すでに音声を内包している言葉を対象とします。朗読者にとって、 声は「出す」ものではなく、 認知とともに 自然に「出る」もの。 体験の副産物です。 一方、上演領域では、台本と呼ばれる「音声になる前の言葉」を扱います。どのように声を出して表現するか、その技術を磨きます。したがって、上演領域の読み語りと、読書領域の朗読は、まったく異なる行為です。 読み語りが「聞き手に向けた表現行為」 であるのに対して、 朗読は「作品理解を深める読書法」 といえます。サロンドマリコでは、朗読を次のように定義しています。 朗読の定義:語り手の体験と同じ体験を試みる体験行為 今回は「 語り手 / 作者 / 朗読者 」の関係について考えますが、 読書領域の朗読は、声を目的とする表現行為ではなく、語り手の追体験を試みる体験行為だ ということを、最初にあらためて共有しておきましょう。


読書領域の朗読:たとえば丁寧に観察する
いつもブログをお読みくださってありがとうございます。今日も「朗読de脳育」愉しんでいらっしゃいますか♪ さて。わたしたち読書領域の朗読者は、詩や小説の言葉が生まれる際の五感の働き・脳の働き・身体のありようを ていねいに探り 、〈語り手〉や発話者(登場人物)に対する理解を少しずつ深めていきます。その都度、体験を試みながら。(←『新しい朗読ー語り手の体験を生きる読書法』p34・37) それは、 虚構の作品世界を、語り手とともに生きて、新しい体験をしたいから です。結果として、言葉が内包している音声と出会えるかもしれません。 それでは、実際に朗読していきましょう♪ ■ ちいさな、ちいさな、りすでした。 今回は、森絵都さんの作品『こりす物語』の冒頭部分を、いっしょに朗読してみましょうか。〈語り手〉は次のように語っています。 ちいさな、ちいさな、りすでした。 音声表現するひと(=声を与えようとするひと) は、観察と推察にさほど時間をかけず、(わかったわ。この〈語り手〉は、りすがちいさいことを強調したいのね)と 解釈 して、その 解釈を音声表現に反映 させよ


