

読書領域の朗読:人間だから出来ること
人間の強みは、 身体を通して世界を感じとれる こと。そして、 体験から学べる こと。 なのに、なぜ、それを手放すのでしょう? 身体を置き去りにして、すぐに「わかった気」になり、「うまくやろう」とする。 うまくやって、いい評価を得られても、内面は満ちていかない。 だから、次から次へと動き続けるしかない。 これでは、たとえ知識が増えても、眼差しを深めることは難しいのかもしれません。 では、いったいどうすればいいのでしょうか? 立ち止まって、感覚をひらき、身体で味わうんです。 自分の身体に委ねるんです。 ■ 身体を信頼する 身体を使うから「体験」になります。体験に伴って感情が動くと、それは記憶として残ります。 その記憶を積み重ねた「唯一無二の自分」だから、どこまでも愛おしいのかもしれません。 「読書領域の朗読」は、私たちに、身体というかけがえのないパートナーを再確認させてくれます。 ⚫︎ 虚構の作品世界を、自らの身体で生きようとする ⚫︎ 身体の違和感に立ち止まり、丁寧に向き合い、新たな気づきを得る ⚫︎ 仲間と「体験」を共有し、理解や感覚を更新す


読書領域の朗読:世界の受け取り方が変わっていく
前回のブログでは、サロンドマリコの方法論をご紹介しました。 今回は、「読書領域の朗読」が私たちにどのような変化をもたらすのか、考えてみたいと思います。 ■ 読書領域の朗読は… 読書領域の朗読は、文学作品の言葉を、急いで意味に回収しません。つまり、解釈してわかったことにしません。もちろん、(解釈を反映させて)表現することもしません。 言葉が生まれる脳・五感・身体に思いを馳せて仮説を立て、自らの身体で検証します。 仮説と検証を繰り返していると、ゆっくりと語り手が近づいてきます。語り手に接近したとき、自分のなかに初めての感情や感覚が立ち上がる…それを待ちます。 ■ 朗読がもたらすものは… 「読書領域の朗読」を通してこのような習慣を持つと、人の言葉を、結論よりも背景ごと聞けるようになります。出来事を、善悪や成功失敗だけで切らなくなるし、すぐ理解できない他者や状況に、居場所を残せるようになります。 これは、人間や出来事を味わえる脳になるということなのでしょう。 文学体験を目指す「読書領域の朗読」は、 ・共感力が育ちます ・感性が豊かになります...


サロンドマリコの方法論:「読書領域の朗読」入門テキスト
(注)ここで扱うのは、上演領域における「読み語り」ではなく、読書領域の「朗読」です。 サロンドマリコでは、読書領域の朗読を「語り手の体験と同じ体験を試みる体験行為」と定義しています。(世界を認知する身体の反応として声は自然に出ます。意識的に声を出す表現行為とはまったく別のものです) 朗読は、「仮説と検証」を繰り返す読書法。検証の際には身体に助けてもらいます。その点がとてもユニークです。この反復を愉しんでいるうちに、語り手との距離は徐々に縮まります。 語り手に寄り添って歩けるようになると、私たち朗読者も(自分ごととして)作品世界を生きることができます。 今回は、朗読の具体的なプロセスをご一緒しましょう。こうしなければ…という決まりごとではありませんが、やっていくうちに、自然に身体に馴染むと思います。 最初のテキストは、詩や児童文学などの短い文学作品です。「左脳」「右脳」という言葉は、情報処理の傾向を表すものとして便宜的に使っています。 ■ 準備①:一通り最後まで読む ひとまず最後まで読みましょう。左脳(言語脳)メインで情報を処理しながら、あ


