

朗読の音声とは?
あなたにとって、朗読の音声とは何ですか? 「あれ、なんだっけ?」でもいいですよ。この記事の最後に、あらためて音声記事の抜粋を載せておくので読んでみてくださいね。 では、話を戻しましょう。 あなたは、また音声を目的にしていませんか? 「この音声で大丈夫かしら?」と不安になったり、「どんな声を出そうかしら?」と工夫したり、「いいか悪いかを知りたい」と指導してほしくなったり… こういうときは、上演領域にいると気づけるといいですね。 朗読者は、言葉が生まれる際に伴う音声で、虚構世界を生きる「自らの体験」を仲間に開きます。各々の体験を持ち寄れば、さらに語り手に近づいていけます。 あなたの体験を開く音声は、あなたが仲間に贈る「愛」なのかもしれません。 愛ある音声だからこそ、「朗読の音声」は語り手に近づいていく手段となるのでしょう。 まずは、虚構世界をイメージすること。そして、自分の身体と五感を使って生きてみること。これは、あなた自身にしかできないことです。 自分の知覚と認知が、仮説と検証を重ねてどんなふうに変化していくのか。試行錯誤そのものを面白がってみまし


新しい自分と出会う旅
朗読は読書行為である。 その実態は、言葉が生まれる体験を軽快に重ねる営みである。 面白がっていると、「文学体験」につながる。 文学作品の世界を自分ごととして生きようとするなかでの試行錯誤、それら全てを含めて、文学体験なのかもしれませんね。 試行錯誤の一つひとつが、私たちの脳をやわらかく耕してくれます。 すると…まるでふかふかに耕された土壌に初々しい芽生えがあるように、日常ではあまり使っていなかった認知回路が少しずつ働き始め、脳はゆっくりと成長していくのでしょう。 認知が変わると、見えている世界が変わります。 きっと、幾つになっても「新しい自分」と出会えます。 「朗読」という読書行為を続けてきて、世界はよろこびと発見に満ちているーーそう実感できるようになりました。 あなたも、のんびりと朗読をたのしんでみませんか?サロンドマリコがそっと伴走します。


私がととのう読書時間ー朗読という読書法の魅力ー〈3〉
「文学作品」とは何か。それを対象とする「朗読」とは何か。 問いと確認を繰り返しながら、朗読を、「文学作品の奥深さをていねいに味わう読書行為」として再発見してきました。この試みも最終回です。 連載をここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。 四半世紀にわたり朗読の存在意義を考え続けるうちに、朗読は、「文学作品を幸せに享受するための読書法」なのだと確信するようになりました。「朗読」と「音声表現(朗読劇や語り)」は、異なる領域に属する行為だと、しなやかにお伝えできるようにもなってきました。 私がいま生きているのは、「朗読教室」の講師を始めた頃には想像もしていなかった世界ーーなんとも面白い、そして、なんとも愛おしい世界です。 いっしょに朗読の道を歩いてくださる皆さま、応援してくださる皆さまのおかげで、こんなにも豊かな景色と出逢えました。心より感謝申し上げます。 ■ 2001年、「朗読教室」の講師を引き受ける 当時は、私自身も、朗読とは「声を出して読む行為」であり「音声表現」であるといったイメージを鵜呑みにしていました。 でも、朗読が対象とする「文


