

文字で届くことを望む言葉。音声で届くことを望まない言葉。
小説を朗読する際に、「どう音声表現しようかしら?(=どのような声を出そうかしら?どのような間を取ろうかしら?どのような緩急をつけようかしら?等々)」と、思ってはいないでしょうか?「朗読は音声表現」という通念を鵜呑みにすると、小説はその台本だと思ってしまいますよね…。そして、自分の作品理解が浅薄なことに気づかない。気づけない。だって…小説は音声で届けられるものだと思っているわけでしょう?ところが❗️優れた小説は奥が深くて、とうてい音声で聴き手に届けられる性質のものではない。 「じゃあ、小説は朗読できないの?」 いいご質問!「朗読は音声表現だ」と思い込んでいると、そうなりますよね。文章が、音声を必要とするものから音声を必要としないものに(=音声で届くものから文字で届くものに)変化したことで、音声表現としての朗読は存在意義を失いました。空洞化した朗読にしがみつくのではなくて、わたしたちは、文字で届く文章とセットになる朗読を、あらためて定義すればいい。それが生産的だと思います(^^) 【小説や詩の朗読は、〈語り手〉の追体験を試みる行為である】...
2023年12月13日


朗読の定義
朗読は、朗読だけで存在するわけではありません。朗読は、いつも文章ととともにありますよね。そう、朗読は文章とセットで存在します(^^) 文章には、音声で届けることを前提とした文章もあれば、文字で届けることを前提とした文章もあります。 前者の中には、アナウンス原稿の文章や、上演台本の文章が、後者の中には、小説の文章がありますね。 では、それぞれの文章とセットの朗読は、いったいどのようなものでしょうか❓ アナウンス原稿や上演台本の文章は、音声を伴って完成する文章です。これらの文章とセットの朗読は、声を出して読む行為であり、朗読者の音声表現だといえるでしょう。朗読者が語り手になればいいのです。 それらとは違い、文字で一人ひとりの読者に届く文章、音声で聴き手に届けることはできない文章があります。例えば…芥川龍之介や志賀直哉の奥深い小説の文章です。こういった文章とセットの朗読は、音声表現ではありえませんね。 小説誕生以降の世界を生きるわたしたちにとって、小説とセットの朗読というのは、あらためて定義する必要があるものなのでしょう。 【小説の文章とセットの朗読は
2023年10月4日


★ 〜朗読のある読書会〜、有意義な時間をありがとうございました!
先日、『朗読のある読書会』を開催しました(^^♪ 小説の朗読や聴読について30分ほどお話ししてから、一つの作品(朗読で30分ほど)を4名でリレー朗読して、最後に、ご参加くださった聴読者の皆さまから感想をいただく、という流れで進めました。皆さま素晴らしい集中力でしたね!お疲れさまでした。感謝の気持ちでいっぱいです(^^) お力を貸してくださったホールの担当者さま、あたたかいご配慮をいただき、心よりありがとうございました。 朗読してくださった皆さまの感想から一部抜粋して(コメントをすこし添えて)ご紹介します♪ ひろえさま:「自分の経験で「こういうことね」と『解釈』を加えて読むと、まったく別の作品世界になってしまいます。レッスンでは、作品に書かれていることを忠実に読んでいくことを学べたと思います。繰り返し繰り返し、朗読するうちに、語り手が本当に語っていることを感じ取っていけた気がします。」 →読み深めていけるステキな作品に出会うことができてよかったです♪ 「作品に書かれていることを忠実に読んでいく」というのは、 「〈語り手〉の語りを歪めずに受け取る」.
2023年9月25日


★ なにを学ぶ?
人は成長するにしたがって、絵本から物語へ、物語から小説へ、手にとる本を変えていきますね♪ まず幼少期は、 絵本 を読んだり読んでもらったりして、自分をとり巻く世界と親しんで、 文章をすらすら読めるようになると、 物語 を読むことで、ひとと心を通わせ合う共感力(シンパシー)を...
2023年8月26日


他者理解の面白さを学ぶ場
小説や詩の〈語り手〉理解が深まると、〈語り手〉が創ろうとしている〈作品世界〉の理解も進みます。すると、より豊かに〈作品世界〉を体験できるようになります(^^) 朗読するとは、虚構の〈作品世界〉を、〈語り手〉と同じように体験することですが、それは同時に、自分の虚構体験(=脳内...
2023年8月11日


深谷百合子さま、ありがとうございました(^^)
MID-FM番組パーソナリティーの深谷百合子さま。朗読について、とても熱心に聴いてくださいました。たいへんお忙しくていらっしゃるのに、時間をかけてブログも読み込んでくださっていて、さすがです!プロの姿勢に感服しました。本当にありがとうございました(^^)...
2023年6月25日
