top of page

プロフィール

登録日: 2022年9月24日

記事 (109)

2026年1月12日7
読書領域の朗読:たとえば丁寧に観察する
☆2024年ブログの2026年バージョンです。 いつもブログをお読みくださってありがとうございます。今日も「朗読de脳育」愉しんでいらっしゃいますか♪ さて。わたしたち朗読者は、言葉が生まれる際の五感の働き・脳の働き・身体のありようを ていねいに探り 、〈語り手〉や発話者(登場人物)に対する理解を少しずつ深めていって、同じ体験を試みます。(←『新しい朗読ー語り手の体験を生きる読書法』p34・37) それは、文学作品(詩や小説)の言葉、すなわち、〈語り手〉によって語られた言葉が内包している音声と出会いたいから。そして、 虚構世界を、語り手とともに生きたいから です。 ■ ちいさな、ちいさな、りすでした。 たとえば、森絵都さんの作品『こりす物語』の冒頭部分をみてみましょうか。〈語り手〉は次のように語っています。 ちいさな、ちいさな、りすでした。 音声表現するひと(=声を与えようとするひと) は、観察と推察に時間をかけず、(わかったわ。この〈語り手〉は、りすがちいさいことを強調したいのね)と 解釈 して、その 解釈を音声表現に反映 させようとしがち…ではないでしょうか。...

18
0
2
2026年1月6日2
上演領域の読み語り/読書領域の朗読:陸上と水中の違い
[朗読の整理] ①従来の朗読(聞き手に向けた音声表現行為)を上演領域に戻し「読み語り」と呼ぶ ②読書領域には新しい朗読(語り手の追体験を試みる体験行為)を「朗読」として据える 上演領域は陸上、読書領域は水中、そんなイメージです。 ■ 優劣の問題ではなく、環境の違い 「読み語り」と「朗読」は、比べるものではありません。前提となる環境そのものが違うからです。 陸上では、誰もが当たり前のように歩きます。 ですから、「歩幅」「歩く速さ」「歩くフォーム」など、さまざまな歩く技術が、最初から語られても、さほど違和感はありません。 でも、水中では、そうはいきません。 じつは、 誰だって水中で浮きます。 でも、歩くことがすべてだと思っていると、浮くことが難しくなります。 水中でも歩こうとするからです。 もちろん、水中ではうまく歩けません。そして、 「歩こう」という意識のままでは、浮きません。 まず、浮くこと。それがすべてです。 浮くためには、歩こうとしないことです。 「力を抜くこと」を覚え、「沈まない」と知ることです。 ■ つべこべ言わずにやる...

77
0
7
2026年1月4日4
新しい朗読:読書領域の学びと体験
〜読書と朗読が繋がることを願って〜 長い間、朗読は、「声の技術」や「表現の巧拙」で評価される、いわば上演領域のものとして捉えられてきました。 しかし、文学作品を味わう読書領域における朗読は、音声の在り方も価値も、まったく別の座標軸の上にあります。 ここで行いたいのは、 読書領域と上演領域の区分を使い、いま「朗読」と呼ばれている行為を整理する ことです。 上演領域で行われる「読み語り」は、上演台本を創意工夫して音読する(読み上げる)表現行為。読書領域で行われる「朗読」は、文学体験を目指す体験行為。このような整理を提案します。 1.「読み語り」(上演領域)とは何か 上演領域で行われる「読み語り」は、文字や文章を、声に乗せて 聞き手に届ける表現行為 です。 ■ 声を出す。間や声色、感情表現など、創意工夫が中心 ■ 聞き手の感動や、聞き手とのコミュニケーションが目的 ■ 上演を前提に創作された台本を扱う ■ 読書領域における詩や小説・物語・エッセイも、上演台本とみなされる この領域では、表現者の技術や表現力が価値を持ちます。 2.「朗読」(読書領域)とは何か 読書領域で行う「朗読」は、...

104
0
7
marikoroudokumarikoroudoku

marikoroudoku

管理者
その他
salondemariko_RGB_ 1.png

Salon de Marikoのロゴは、ハートの形をモチーフにしています。文学作品を味わう過程と時間を、朗読で、人と共にすることで、心(脳)が豊かに育つことを表しています。また「サロン」は、人の温かみのある上質な学びの時空間を表しています。

© 2023 by Mariko Ishida

bottom of page