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『小説』誕生以降の文学作品と『朗読』

  • 3 日前
  • 読了時間: 2分

「朗読は音声表現」というイメージは、どうして広がったのでしょうか。


明治になると、文学の新しい形式として「小説」が誕生しました。


小説は、「文字言語だけで虚構世界が立ち上がる構造」を持ちます。つまり、「語り手の認知や思考」をそのまま反映させた言葉によって、読者に、虚構の作品世界を「自分ごと」として生きることを求めます。読者一人ひとりに、自ら文字言語と向き合い、各々の虚構世界を立ち上げることを要請するのです。


小説の誕生によって文学は変容し、小説誕生以降の文学作品は、もはや音声でやり取りするものではなくなりました。


では、当時の朗読は、この文学の変容に対応したのでしょうか。


対応しなかったのだと思います。小説が誕生する前の「文章を読み上げ、音声で届ける」というスタイルは変わらなかった。そのため、読書行為の中心は、次第に「黙読」に移っていったと考えられます。


朗読は、その後も、はっきりと定義されることのないままに「文章を読み上げる行為」として受け継がれ、やがて、「表現する喜び」の受け皿となっていったのかもしれません。

そして、「朗読は音声表現」というイメージが形成され、現在に至ったと考えるのが自然でしょう。


では、いま、ここで、あらためて考えてみましょう。

はたして朗読は、現代でいう音読、つまり文章を読み上げる行為の延長線上にある「創意工夫を加えた音読」なのでしょうか。それとも、「読書行為」なのでしょうか。


文学作品を対象とする以上、朗読は「読書行為」であり、あらためて「読書行為」として捉え直す試みは、避けて通れないのかもしれません。


朗読のありようは、「音声で聞き手に届ける行為」から「虚構の作品世界を“自分ごと”として生きようとする行為」へと変容することで、はじめて、「小説誕生以降の文学作品にふさわしい読書行為」として、その存在意義を発揮することができるのではないでしょうか。

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