文学作品を朗読するときは、音声を目的にしないことが大切♪
- marikoroudoku
- 2025年8月11日
- 読了時間: 2分
更新日:2025年8月12日

『新しい朗読』における音声は、「表現」した結果ではありません。ここでいう表現とは、『解釈』を音声に反映させる行為のこと。
私たち一般の読者にとって、優れた文学作品は、『解釈』するより『理解』を目指すものではないでしょうか。
私たち『新しい朗読』の朗読者は、作品を『理解』するために、「語り手の体験」と同じ体験を試みます。五感を含めた身体そして脳を意識的に使うことで、少しずつ語り手の体験に近づき、作品を理解できる脳を(時間をかけて)育てていくのです。
この過程で音声が生まれます。この音声は、「どのような体験をしているのか」を反映する、朗読者が「体験」した結果であり、より的確な体験に近づくための手段です。
音声そのものを目的にしてしまうと、かえって文学作品の言葉にふさわしい音声から遠ざかってしまいます。
不思議ですよね?
音声を気にした途端、私たちは、体験に集中できなくなるのかもしれません。(ちなみに、夢中で体験しているときには、新たな認知回路や繋がりが脳内に生まれています♪)
音声は、あくまでも「語り手と同じ体験を試みた結果」であり、「より深い理解のための手段」として捉えましょう。体験の一瞬に宿る響きは、仲間を刺激し、作品理解の深化へとつながっていきますよ。
☆写真はお友達からの出版記念のプレゼントです♪皆さまのあたたかい応援のおかげでここまで来れました。皆さま、本当にありがとうございます(^^♪




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