

新しい朗読ー読書の悦びをご一緒しましょう♪
物語の世界にすっと入り込んで、その世界を生きている気がしたーー。 そんな読書の瞬間を、誰しも一度は味わったことがあるのではないでしょうか。 虚構の作品世界を生きる面白さ・たのしさは、読書の大きな悦びです。 では、どうすれば意識的に「作品世界を生きる読書」ができるのでしょうか。 ご一緒したい『新しい朗読』は、徐々に語り手に近づいていく読書法です。私たちは、語り手に近づこうとするとき、すでに虚構の世界を生き始めています。 さあ、時間をかけて、ゆっくりと、語り手に近づいてまいりましょう。その過程を、存分に面白がりましょう。 読書の悦びを多くの方と共有したいーーその思いで、私は「朗読家」として活動しています。 ■朗読家とは、表現者ではなく、体験する読者である 「朗読家」って、耳慣れない言葉かもしれません。一般には「声で伝える人」「演じる人」と思われがちです。しかし、朗読家本人は、「読み上げる」とか「表現する」とかいう意識を持っていないと思います。「声を出す」という意識すら持っていないのではないでしょうか。 朗読家というのは、【語り手の体験と同じ体験を試み
2025年11月23日


『100万回生きたねこ』ー新しい朗読という読書法の実践例です♪
虚構の作品世界を立ち上げるのは、語り手の言葉ーー語り手の体験とともに生まれる特別な言葉です。だからこそ、私たち読者は、その言葉と直結する「体験」を推察できるのですね。 今回は、佐野洋子さん作『100万回生きたねこ』の一文[どんなめすねこも、ねこのおよめさんになりたがりました。]を取り上げて、語り手の体験に近づいていくプロセスーー『新しい朗読』のステップ1(仮説を立てる)とステップ2(仮説を検証する)を実践してみます。 語り手をより意識しやすいように、百(ひゃく)さんと名付けて、さあ、はじめましょう。読み終わると、「語り手のくつを履くって…こういうことか」と頷けるかもしれません(^^♪ ■「どんなめすねこも」という言葉にぴったりの体験ってどんなだろう? まずはステップ1(『新しい朗読ー語り手の体験を生きる読書法』p34を参照して)に取り組もう。 〈身体〉ねことめすねこたちがいる場所にいるんだろうな。 〈五感〉目で見てるんだろうな。 〈脳〉「どんなめすねこも」という大きな認知回路が使われたのかな… あのめすねこ、このめすねこ、あそこのめすねこ、こちら
2025年11月16日


新しい朗読ー朗読家って?
名古屋西高校での授業の際、「朗読家って初めて知りました!」という生徒の声に、私も思わず「たしかに!」と頷きました。 「朗読家」という仕事、日常であまり耳にしないかもしれませんね。今日は、あらためて「朗読家とは何か」を考えてみたいと思います。 ■ アナウンサー、俳優や声優、朗読家の比較 アナウンサー :伝達者/アナウンス原稿を読み上げ、聞き手に「わかりやすく伝える」ことを目指す 俳優や声優 :表現者/台本の台詞を表現し、観客に「作品を魅力的に届ける」ことを目指す ーーーーーーーーーーーーーーー 朗読家 :体験する読者/文学作品の語り手を追体験し、「作品世界を生きる」ことを目指す 朗読家は、聞き手や観客に届けるために表現するのではなく、「語り手という他者の体験」を「自分の体験」として、ただ生きようとします。つまり、言葉が生まれる瞬間を生きるのです。したがって朗読家の音声は、「表現」ではなく、体験とともに自然に生まれる「表出」と捉えましょう。 アナウンサー、俳優・声優、朗読家。いずれも言葉と向き合う点では同じかもしれません。けれども、扱う言葉が異なるの
2025年11月5日


新しい朗読ー2つのステップ
「新しい朗読をやっていてよかった〜」というお言葉をたくさん頂戴して、ほっこりしております。文学作品を読むことが、虚構の作品世界を生きる体験になる──そんな文学体験の現場を皆さまとご一緒できて本当にうれしいです(^^) さて今日は、新しい朗読の実践ステップをもう一度たどってみましょう。 『新しい朗読ー語り手の体験を生きる読書法』で、まずは、谷川俊太郎さんの『やま』という詩をテキストにして、新しい朗読に取り組みましょう♪と提案しました。 この詩を数回読んで、自分なりに理解できたと思っても、そこでとどまらないのが「朗読者」です。この詩の語り手、つまりお兄さんを、仮に「やまおくん」と呼ぶことにしましょうか。名前をつけると、語り手を“ひとりの生きた存在”として感じやすくなります。 それでは、やまおくんに対する理解を深めて、作品世界(=やまおくんのいる虚構世界)に生きることを目指しましょう♪ やり方は簡単。次のステップ1とステップ2を往復するだけでしたね。 ■ステップ1:(言葉を手がかりに)体験ー身体・五感・脳ーを推察する(『新しい朗読ー語り手の体験を生きる
2025年10月28日


新しい朗読ー「語り手の言葉なんだ!」と何度でも思いましょう♪
わたしたちが朗読教室で取り上げる詩や短編小説は、「文学作品」とよぶにふさわしい奥深いものです。 その作品世界は、唯一無二の語り手の言葉によってーーなんと言葉だけで!ーーわたしたちの右脳に立ち現れてきます。 わたしたちが朗読する言葉は、アナウンス原稿に並ぶ伝達の言葉とは異質のものです。左脳で処理するにとどまらず、右脳を使って「語り手の身体のありようや五感・脳のはたらき」を感じとりましょう(←ステップ1)。そして、「語り手と同じ身体のありよう」をして、自らの五感と脳を「語り手と同じように」と意識してはたらかせてみましょう(←ステップ2)♪ いつもこのようにお話ししています。しかし、ときに、ステップ1・ステップ2に取り組むことなく、つい、自分の思い込みの中で、方向の違う取り組みを続けてしまうことがあります。 「どんな表現が適切かしら?」「どのような声を出そうか?」「きっとこういう声がふさわしい!」「このように表現するのがぴったりなのでは…」といったような従来通りの思考に囚われているのかもしれません。 このような考えが浮かんだら、「あ、違った!これは語り
2025年10月25日


新しい朗読ー文学作品を読むということー
多くの人の前で朗読する際には、どうしても聞いている人を意識してしまいますよね。 朗読を伝達行為と捉えると、うまく読めているか、声は聞き取りやすいか、間違えないか。そのようなことが気になります。 ここで少し、朗読と文章の関係について考えてみましょう。朗読と文章は切り離せません。文章の種類によって、朗読のありようも変わると考えるのが自然ではないでしょうか。 アナウンス原稿のような文章の朗読は、まさしく伝達行為だと考えられます。では、フィクションはどうでしょう?アナウンス原稿の朗読と同じような伝達行為なのでしょうか? たとえば物語。一度読めば理解できるわかりやすい文章は、 音声でも手渡すことができそうです。 音声のほうが豊かに届く場合も多々あると思います。でも、伝達行為という言葉ではしっくりきません。 物語の朗読ーーいわゆる「読み聞かせ」をする際には、「私がわかりやすく伝える」「私が魅力的に表現する」というより、「私はただ作品世界を生きる。そうすることで、聞き手もまた作品世界を生きることができるんだ」 といった心持ちで、体験をたのしむのがいいのだろうと
2025年10月10日


朗読の授業〜名古屋西高校2025
9月〜12月、名古屋西高校の三年生の皆さんに向けて、朗読の授業を行っています。 こうして毎年この時間を持てて本当にありがたいです。私は幸せ者だなぁと感謝の気持ちが湧いてきます♡ 朗読の概念を更新し、読書法として活用することで、文学作品への向き合い方がぐっと深まります。...
2025年10月2日


ありがとうございました!
神保町の胸弾む本屋さんーブックハウスカフェさんで、出版記念イベントを無事に楽しく開催することができました(^^) ご参加くださった皆さま、そして、お力を貸してくださったすべての皆さま、こころよりありがとうございました! お茶会☕️では、懐かしい皆さまともゆっくりお話しできて...
2025年9月18日
